四季と探偵

第一話 春と探偵

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 この女を探して欲しいの、と彼女は言った。
 それが物語の始まりだった。
 
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「あら、若いのね」
 これまで何度も聞き慣れた台詞を耳にしながら、黒林洋平は立ちあがった。
「はい、先代の後を継いだものですから」
 そのまま営業用の笑顔を浮かべると声の主へと歩み寄り、左手を前に伸ばす。
「黒林探偵事務所へようこそ」
 春もののトレンチコートに身を包み、その着丈より更に短い黒いミニスカートを穿いた目の前の来客は、一瞬戸惑った後で洋平の差し出した手を握り返してきた。
 年の頃は二十代後半だろうか、百七十七センチの洋平と変らぬ背の高さと整ったスタイルはモデルさながらである。
 もし、サングラスの上からでもわかる大きな火傷の跡が無ければ――の話だが。
「どうぞ、お掛け下さい」
 洋平の言葉に女は頷くと古びた黒革のソファに腰を下ろし、当然のように脚を組んだ。スカートから太腿が大きく露出したが気にする気配はない。
「コーヒーとお茶のどちらが宜しいですか」
 案内してきた黒髪の少女が横から訊ねたが、女はその問いを完全に無視一顧した。
 少女が再び口を開きかけたところで、洋平は軽く首を振った。
「瑞希、ありがとう」
 瑞希と呼ばれた少女は小さく頷くと、部屋の外へと消えた。
 元は子供のいない夫婦用に設計された2LDKは、さほど広いものではない。本来ダイニングルームであるべき場所から食器棚を取り払い、リビングにはテレビを置く代わりにソファを二つ向かい合わせて配置することで、どうにか事務所らしい体裁を整えている。
 ベランダからは細く西日が差し込み、リビングのコーヒーテーブルを照らしていた。
「あなた、年は幾つ?」
「二十四歳です」
 若く見られがちな洋平としては敢えてサバを読んでも仕方ない。正直に答えると、女は特にそれ以上は問わずに、黒いハンドバッグを開いた。一見してこのマンションの家賃より高いこと間違いなしの高級品である。
「滝尾さん――滝尾かほりさんを知ってるわよね」
 ハンドバッグの中から出てきたのは白い封筒だった。
「彼女に、ここなら口が堅いし仕事もしっかりしてるって勧められたの」
「ありがとうございます」
 洋平は眼鏡の弦を中指で押し上げると、再び営業用の柔らかな笑顔を浮かべた。
 木曜日にしてようやく今週最初の客である。夫の浮気の素行調査だろうが消えた飼い犬探しだろうが、今は仕事を手に入れる必要があった。
 ほっそりとした白い指で、女が封筒から数枚の写真を取り出した。
「要件を言うわ。この女を探して欲しいの」
 三枚の写真に映るのは、どれも同じ女性の姿だった。二十歳位の華やかな顔立ちの美人で、自分の未来を信じて疑わない笑顔を浮かべていた。一枚目は同性の友人たちと大学のキャンパスで撮ったと思わしきもので、二枚目は自宅のソファで毛足の長い仔犬を抱いて微笑む姿、そして最後の一枚は胸から上のアップの証明写真だった。
「なるほど、ところで彼女は――」
 そう洋平が言い掛けたところで、ガベジの耳障りな大声が脳裏に響き渡った。
(げひゃははは。こりゃ面白れえ。この女、自分のことを探してくれだとよ)

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